こんにちは!
ラーニングサポート木曜担当の近藤です。
- 化学系の講義で困っている
- 博士課程ってどんな感じ?
~概要~
タイトル:論理トレーニング101題
著者:野矢茂樹
出版社:産業図書
出版年:2001年
この本は、論理的な日本語を書く力を鍛えてくれます。パズルのようなものではなく、文章を書く力に特化しているので、文系・理系問わず、日本語を使って文章を書く全ての人間に役立ちます。
論理的な日本語、と言われてもピンと来ないかもしれないので、一つ例題を出したいと思います。
---- 例題 ----
以下の文章の論理的でない点を指摘せよ。
高校数学で三角関数を教える必要はない。なぜなら、多くの人間にとって三角関数は使う機会のないものだからだ。電卓やExcelを使って計算することもできる。社会人を対象としたアンケート調査では、約9割の回答者が仕事で三角関数を使用しないと答えている。しかし、工業学科系の高校に関しては、生徒が将来三角関数を使う可能性は高いので、カリキュラムに組み込んでもいいだろう。
(文章は近藤が作成。内容は完全フィクション。)
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どうでしょうか。上記の文章のおかしな点に気づけましたか?極端に変な文章というわけではないので、意識していなければさらりと読めてしまえたと思います。しかし、この文章にはおかしな点が2つあります。この下で答えを解説しますので、自分なりに結論が出たら画面をスクロールしてください。
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例題の文章のおかしな点は以下の2つです。
- 「電卓やExcelを使って計算することもできる。」という文章の位置
- 「しかし」という接続詞の使い方
- 高校数学で三角関数を教える必要はない。(主張)
- なぜなら、多くの人間にとって三角関数は使う機会のないものだからだ。(主張の根拠1)
- 電卓やExcelを使って計算することもできる。(主張の根拠2)
- 社会人を対象としたアンケート調査では、約9割の回答者が仕事で三角関数を使用しないと答えている。(根拠1の説得力を高める補足)
- しかし、工業学科系の高校に関しては、生徒が将来三角関数を使う可能性は高いので、カリキュラムに組み込んでもいいだろう。(主張の例外についての補足)
まず一つ目のおかしな点についてですが、「三角関数を使う機会がない」ということと「知識がなくても道具の補助があれば三角関数を使える」ということは別のことです。2番目の文と4番目の文は前者について書いており、3番目の文は後者について書いています。そのせいで話が行ったり来たりしており、話の筋が追いにくくなっています。
次に二つ目のおかしな点についてですが、「ただし」という接続詞を使うべき箇所で「しかし」という接続詞を使ってしまっています。この二つの接続詞はどちらも逆接ですが、明確に役割が異なります。「しかし」の役割は論旨の転換。主張の方向性を変えたいときに使います。「○○。しかし、××。」と書いてあった場合、言いたいことは××の部分になります。一方、「ただし」の役割は情報の補足。主張の方向性は変わりません。「○○。ただし、××。」と書いてあった場合、言いたいことは○○の部分になります。例題の文章で言いたいことは1番目の文であり、5番目の文ではありません。よって、5番目の文は「しかし」ではなく「ただし」で繋ぐべきです。
以上を踏まえて例題の文章をなおすと以下のようになります。
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高校数学で三角関数を教える必要はない。なぜなら、多くの人間にとって三角関数は使う機会のないものだからだ。実際、社会人を対象としたアンケート調査では、約9割の回答者が仕事で三角関数を使用しないと答えている。また、万が一三角関数が必要になったとしても電卓やExcelを使えば計算できるのだから、やはり高校で教える必要性は薄い。ただし、工業学科系の高校に関しては、生徒が将来三角関数を使う可能性は高く、電卓に頼らず計算できた方が効率的なので、カリキュラムに組み込んでもいいだろう。
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このように、論理的な文章とは論理的な構成の文章のことです。論理的な文章は非常に読みやすく、読者に負担をかけません。また、論理を意識することで、自身の主張の根拠を正確に把握し、隙のない文章を書くことができます。例えば、修正前の例文の
しかし、工業学科系の高校に関しては、生徒が将来三角関数を使う可能性は高いので、カリキュラムに組み込んでもいいだろう。
という文は「三角関数を使う機会がない」という根拠の例外ではあるものの、「知識がなくても道具の補助があれば三角関数を使える」という根拠の例外ではありません。そのため、「工業学科系の高校の生徒であっても電卓を使えば済むだろう」という批判があり得ます。修正後の例文では、二つの根拠の両方をカバーしています。
ただし、工業学科系の高校に関しては、生徒が将来三角関数を使う可能性は高く、電卓に頼らず計算できた方が効率的なので、カリキュラムに組み込んでもいいだろう。
以上のように、論理を意識しながら文章を書くことは、ツッコミどころのない文章を書くことに繋がります。そのような文章を書くためのトレーニング本が「論理トレーニング101題」となります。
~この本の魅力~
ここからは、私が思うこの本の魅力を3つ紹介したいと思います。
1. 問題中心だから実践的!
「論理トレーニング101題」はその名の通り、101個の問題とその解答解説で構成されています。結局のところ、ハウツー本を読んで分かった気になっても、論理力は上がりません。実際に頭を悩ませ、手を動かす中でようやく身につくものです。勿論、問題は投げっぱなしではないのでご安心を。解説が非常に丁寧で、論理的な日本語を書く上で気を付けるべきことが自然と頭に入るようになっています。
2. 問題形式が多様で飽きにくい!
問題形式は例題に挙げたような文章のおかしな点を指摘するもののほか、文章の構成を図示するもの、接続詞の使い方の正しさを判定するもの、文章を批判するものなど多種多様。様々な角度から読者の論理力を鍛えてくれます。
3. 問題文が実在のもの!
本や新聞などから切り抜かれた文章が問題文として使われています。そのため、問題文そのものが文章として面白いです。一方で、そのような「商品として書かれた文章」ですらしばしば非論理的であることから、私たちの身の回りに非論理的な文章が溢れていることが実感できます。
~読んだ感想~
個人的に、この本を読んで印象に残ったのは「批判」のスタンスに関する話です。
この本では、「批判」を論理の欠陥を指摘する行為として位置づけています。批判は、既存の主張を否定するものではなく、あくまでも論理展開の弱点を指摘し、論理性の向上を促す行為として捉えられています。
だから、この本では主張への賛否に関係なく批判は行うべきだと述べられています。たとえ自分の考えに合致する主張であったとしても、論理に飛躍があればそれを指摘します。そして、その批判に対する回答によって論理が補われることで主張はより強固になるのです。このように、主張は批判の中で磨かれ、強くなり、確かな説得力を獲得していきます。立論者と批判者が協同して論理的な主張を作り上げていくという意味で、批判もまた一種の創造行為なのです。
この話は、批判を単なる反対意見と捉えていた私にとって目から鱗でした。反対意見と批判は全くの別物だったのです。反対意見は「主張Aが出ているときに、主張Bの方が良いと述べること」であるのに対し、批判は「主張Aが出ているときに、主張Aの論理的欠陥を指摘すること」です。反対意見は主張Aを否定したがっているのに対し、批判は必ずしも主張Aを否定したがっているわけではありません。主張Aが弱点を補うことを望んでいるだけです。
日本では、「批判をするなら対案を出すべき」という風潮があり、反対意見と批判が混同されがちです。批判の本来の目的は案を潰すことではなく、ブラッシュアップすることですから、「賛成だけど批判」「対案のない批判」という行為は十分あり得ます。この風潮のせいで批判のハードルが上がることは、論理性を突き詰める上では良くないことだと思いました。
~最後に~
今回は『論理トレーニング101題』という本を紹介しました。
正直に言うと、論理的な文章の書き方については私もまだまだ勉強中です。このブログについても、「完全に論理的な文章か?」と問われると自信がありません。それでも、この本を読んだことで、文章を書くときに注意を払い、一文一文の役割や主張の流れを意識するようになりました。
また、日常生活で文章を目にしたとき、それが「論理的か否か」を判定できる感覚が培われました。違和感のある文章には割とすぐ気づけます。書く能力よりも読む能力の方が比較的楽に身につくようです。
皆さんも是非一度この本を読んで、論理に敏感になってみてはいかがでしょうか。ただし、批判を繰り返していると煙たがられるので、論理力の使いどころはよく考えてください(笑)
近藤
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理工学研究科の院生スタッフが自身の経験をもとに、学習や研究・進路に関する質問・相談に応じます。
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