こんにちは
2023年度春学期 金曜担当 の 化学科 修士 2 年 村野 です
担当時間は 14:00 ~ 15:30 です
・学部の化学系科目で分からないことがある
・化学系科目の宿題のヒントがほしい
・実験レポートの書き方で悩んでいる
という方は,ぜひ質問・相談に来てみてください
もちろん,授業以外の学生生活に関することでも大丈夫です
今日は、わたしが研究対象としている エチレン について、少しお話ししたいと思います
エチレンって何者?
エチレン(ethylene)という言葉は、どこかで聞いたことがあるでしょうか?
エチレンを分子式で書くと、C2H4
炭素(C)どうしの二重結合(C=C)と 4つの水素(H)から成る、単純な分子です
エチレンは、甘い匂いがします
この匂いは、皆さんも嗅いだことがあるはずです
なぜなら、エチレンは、果物や野菜から発せられているからです
リンゴの甘い匂いが想像できれば、あれがおおよそ エチレンの匂いです
また、エチレンは、石油を蒸留する過程で、たくさん生成されます
工業的には、エチレンを元にして、様々な 価値の高い分子 が合成されています
最も有名なのは、ポリ袋の原料である ポリエチレン でしょうか
エチレンは、重要な 石油化学基礎製品 でもあるのです
エチレンを選択的に酸化したい!
エチレン から ポリ袋の原料(ポリエチレン)が合成される と言いましたね
エチレンを元にして合成される分子は、ポリエチレンだけではありません
例えば、ペットボトルの原料である ポリエチレンテレフタラート(PET)
これは、エチレン から合成された エチレングリコール(EG) を原料として作られます
エチレン を EG にするためには、エチレンを酸化する必要があります
それも、単に酸化するのではなく、選択的に酸化する 必要があります
この 選択的に酸化する というのは、どういうことでしょうか
エチレンを酸素と反応させて生じる生成物としては、主に次の3種類があります
1.二酸化炭素(CO2):エチレンが 完全に酸化 されて生じる
2.水(H2O):エチレンが 完全に酸化 されて生じる
3.エチレンオキシド(EO):エチレンが 選択的に酸化 されて生じる
CO2 と H2O は、エチレンが 完全に酸化 されて生じるもの、
エチレンオキシド(EO)は、エチレンが 選択的に酸化 されて生じるもの です
単純に、エチレンを酸素と反応させたら、生成するのは CO2 と H2O です
エチレンの 完全酸化 とは、エチレンの C=C 二重結合 が壊れる反応です
エチレンは 炭素(C)と 水素(H)からできているので、それらが 酸素(O)と結合すると、 CO2 と H2O となって安定化します
一方、エチレンの C=C 二重結合 を壊さない酸化を 選択的酸化 といいます
エチレンを EO に 選択的に酸化 するには、どうすればよいのでしょうか
実は、完全酸化にせよ、選択的酸化にせよ、ガス状の エチレン と 酸素 を直接反応させるのは、容易ではありません
そこで、エチレンと酸素を金属表面に吸着 させて、その表面上で反応を起こさせます
この 反応を助けてくれる金属 を 触媒 といいます
一般に、エチレンの選択的酸化には、銀 が触媒として用いられます
エチレンを EO に 選択的に酸化 するには、銀触媒を工夫する必要があります
その工夫とはずばり、銀触媒上に吸着する 酸素の状態を制御 することです
銀触媒上に酸素(O2)がやってくると、吸着して分解し、酸素原子(O)になります
この 酸素原子(O)の状態 が重要なのです
エチレンを選択的に酸化するためには、エチレンと反応する O 原子は、C=C 二重結合 を壊してはいけません
O 原子は、エチレンの C=C 二重結合 の間に、そっと入り込まなくてはならないのです
これを可能にするのが、電子の不足した(正に帯電した) O 原子 です
電子不足な O 原子は、エチレンの C=C 二重結合 から電子を奪うことなく、マイルドにエチレンを酸化することができるのです
工業的には、銀に少量の不純物(ドープ元素)を添加することで、銀触媒上の 電子不足な O 原子 の量を調整しています
ちなみに、わたしが研究しているのは、この銀触媒上の 電子不足な O 原子 の正体 です
一口に O 原子といっても、銀触媒上の存在形態には、様々なレパートリーがあり、実際に、そのうちのどれが活性種なのかを特定することは、意外と難しいのです
エチレンを選択的に酸化する銀触媒が開発されてから 約 100年
いまだに、その反応メカニズムには 謎が多く、研究が盛んにおこなわれています
エチレンを低温で完全酸化したい!
これまで、エチレンを選択的に酸化したい、という話をしてきましたが、世の中には、エチレンを完全酸化したいという需要も存在します
それは一体、どんな需要でしょうか
先に、エチレンが、果物や野菜から発せられている、という話をしましたね
皆さんは、植物ホルモン、という言葉を耳にしたことはありますか
植物が自ら発する、生理活性 や 情報伝達 の作用を有する物質 のことをいいます
エチレンは、成長ホルモン として、植物の成長を促します
果実を色付け、柔らかくし、甘くする作用をもちます
さて、冷蔵庫の同じ部屋に、リンゴとバナナを一緒に入れておくとどうなるか、知っていますよね
青いバナナなら、黄色く熟して、ちょうど食べごろになるでしょう
一方で、すでに熟したバナナの場合、黒く変色して、美味しくなくなってしまいます
これは、リンゴの放出するエチレンが、バナナに作用して、実を熟させてしまうからです
そうです。エチレンは、収穫した後も発せられ、近くにある果物や野菜に作用して、ときには、望ましくない影響を与えてしまうのです
それを解消してくれる冷蔵庫が、某 H 社から、数年前に発売されました
この冷蔵庫の野菜室には、プラチナ触媒 が内蔵されていて、これがエチレンを分解してくれるのです
プラチナ触媒というのは、詳しくいうと、シリカ(SiO2)上に 白金(プラチナ, Pt)の微粒子が担持されたもので、この触媒上で、エチレンが CO2 と H2O に完全酸化されます
この触媒のすごいところは、冷蔵庫の中という 低温でもはたらく ことです
触媒は通常、反応に必要な活性化障壁を乗り越えるために、高温で動作させます
例えば、先に紹介した銀触媒では、200 ~ 300℃ の高温を必要とします
しかし、この Pt/SiO2 触媒は、0℃ でも活性を示します
この仕組みは、家庭用冷蔵庫だけでなく、スーパーなどの大型倉庫にも使われ、保存中の野菜や果物の傷みを軽減し、フードロス削減に貢献しています
ちなみに、この触媒は、北海道大学の触媒科学研究所との共同開発によって実用化されたもので、その代表者である 福岡 淳 教授(北海道大学)が、この前、矢上キャンパスでご講演されていました
自らの発見した触媒が実用化され、分かりやすい形で世の中の役に立つことは、すべての研究者が経験できることではありません
触媒研究に携わる人間として、背筋の伸びる思いで、ご講演を拝聴しました
さいごに
エチレンは、植物ホルモンとして、身近に存在する一方、石油からつくられる様々な製品の重要な原料でもあります
2つの炭素原子と4つの水素原子から成る 単純な分子ですが、多彩な可能性を秘めています
そして、その エチレンを反応条件によって、異なる分子に変換してしまう 触媒たち
その個性の奥には、化学や物理で説明される メカニズム が潜んでいます
そのメカニズムを明らかにすることは、「触媒」という概念が発見されて以来の目標であり、世界中で多くの研究者たちを魅了し続けています
最後まで読んでくださり、ありがとうございました
村野