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2020年10月9日金曜日

【証明の書き方】水曜担当 富岡

水曜担当の数理科学科修士1年の富岡です.今回は,レポートの答案を書くときの注意点について述べたいと思います.証明中の文章を一言一句絶対にこう書かなければならないなどというわけではなく,あくまで参考として活用してください.



・「任意の」と「ある」
 例えば,V, W を実ベクトル空間とし,線形写像 T : V → W が具体的に与えられたとき,T が単射であることを示そうとしているとします.方針は \mathrm{Ker}(T) = \{0\} を示すことにします.そこで,証明のはじめに「Tv = 0 とすると,〜〜」というように書いたとしましょう.このとき,まずい点が二つあります.一つは,「v が何者か明記されていない」点です.この場合,文脈や T の定義を考えれば「vV の元である」ことは明らかといえば明らかですが,新しく導入された記号については必ずそれが何を表しているのか説明するべきです.意味が一意に定まる場合でも,いきなり未定義の文字が出てくるのは証明の読みにくさに繋がります.さて,「vV の元である」ということは良いとしましょう.このとき,もう一つまずい点があります.それは「v は 任意に取ってきた元なのか,特定のものを選んで取ってきたのか明記されていない」点です.「V の任意の元 v に対して 〜〜が成立つ」と「V のある元 v に対して 〜〜が成立つ」という二つの命題は全く異なる主張を述べているので,「任意の」なのか「ある」なのかをはっきりさせなければ,証明しようとしている主張が何かが分かりません.いまの場合は「任意の」が正解で,「V の任意の元 v に対し,Tv=0 とする.このとき,〜〜」や「V の元 v を任意に取る.Tv=0 とすると,〜〜」などと書くと良いでしょう.
 余談ですが,証明において「V の任意の元 v に対し,Tv=0 ならば,v=0 である」という主張が証明されたとすると,ここで示したのは \mathrm{Ker}(T) \subset \{0\} になります.元々は \mathrm{Ker}(T) = \{0\} を示そうとしていたので, \{0\} \subset \mathrm{Ker}(T) も本当は示さなければいけません. しかし,\mathrm{Ker}(T)の定義からこれは明らかです.\{0\} \subset \mathrm{Ker}(T) の部分は空気のような事実なので,非自明な \mathrm{Ker}(T) \subset \{0\} だけを示して \mathrm{Ker}(T) = \{0\} を示したことにして証明を終えても個人的には問題無いと思います.このことについてはレポートの採点基準によるので,不安な人は「 \mathrm{Ker}(T) = \{0\} を示す.\{0\} \subset \mathrm{Ker}(T)\mathrm{Ker}(T) の定義から明らかなので, \mathrm{Ker}(T) \subset \{0\} を示す.V の任意の元 v に対し,Tv=0 とする.このとき,〜〜である.よって,v=0 である.すなわち, \mathrm{Ker}(T) \subset \{0\} が示された」のように書くと安心だと思います(これで減点食らったらすみません).





・例の構成
 問題:実2次行列 A, B に対して,AB=BA は常に成立つか.成立つならば証明を,成立たなければ反例を挙げよ.

 解説:答えはもちろん「成立たない」なので,反例を挙げる必要があります.ここで,反例を挙げるとはどういうことでしょう?どういう作業が反例を挙げるということでしょう?与えられた命題に対し,反例を挙げるということは「命題の否定が成立つような具体例を述べる」ということです.いまの場合,「実2次行列 A, B に対して,AB=BA は常に成立つ」が与えられた命題で,その否定は「実2次行列 A, B に対して,AB=BA が常に成立つとは限らない」,すなわち「実2次行列 A, BAB \neq BA となるものが存在する」です.よって,すべきことは「AB \neq BA となる実2次行列 A, B を具体的に与える」ことです.例えば A=\begin{pmatrix} 1 & 0 \\ 0 & 0 \end{pmatrix}, B=\begin{pmatrix} 0 & 1 \\ 0 & 0 \end{pmatrix} とすれば AB=\begin{pmatrix} 0 & 1 \\ 0 & 0 \end{pmatrix}, BA=\begin{pmatrix} 0 & 0 \\ 0 & 0 \end{pmatrix} なので,AB \neq BAとなることが分かります.これで,反例を挙げられたことになります.しかし,例えば A=\begin{pmatrix} a & b \\ c & d \end{pmatrix}, B=\begin{pmatrix} e & f \\ g & h \end{pmatrix}, \ AB=\begin{pmatrix} ae+bg & af+bh \\ ce+dg & cf+bh \end{pmatrix}, \\ BA=\begin{pmatrix} ea+fc & eb+fd \\ ga+hc & gb+hd \end{pmatrix} とすれば,AB \neq BAとなることが分かる,というのは誤りです.この解答では,ABBAの成分が一見違って見えても,奇跡的にどんなa, b, c, d, e, f, g, hに対しても実は計算すると値が一致するかもしれないという可能性を潰し切れていません.もちろん,そんなことはありえないわけですが,具体的な値で確かめない限り証明にはなり得ません.よってこれでは,反例を挙げたことにはなりません.たまにこのような勘違いをしている人もいるので参考にしてみてください.








・背理法依存症
 「任意の正実数 a, b に対し,a < b ならば \sqrt{a} < \sqrt{b} が成立つ」という命題を考えてみましょう.これの証明として例えば次のようなものがあります:

 もしある正実数 a, ba < b かつ \sqrt{a} \geq \sqrt{b} となるものが存在したとする.このとき, \sqrt{a} \geq \sqrt{b} の両辺を2乗すると a \geq b となり, a < b と矛盾する.よって,任意の正実数 a, b に対し,a < b ならば \sqrt{a} < \sqrt{b}  とならなければならない.

  背理法による証明です.これでも証明として何も問題ありません.ところで,この命題を証明するには背理法は必要でしょうか?実はこの命題の証明には背理法は必要ありません.実際,\sqrt{b}-\sqrt{a}=(b-a)/(\sqrt{b}+\sqrt{a}) > 0 から主張が従います.背理法を使わなくても証明できるなら,背理法を使わない方が良いというのが,おそらく数学をやっている多くの人たちの中での共通認識だと思います.理由の一つに,背理法を避けられない部分を明らかにしたいという論理学的な観点があると思います.また,実用上の問題として,背理法の議論の部分は正しくない仮定から推論を重ねているので,議論をリサイクルすることができません.どうせ証明をするなら,直接的な証明を試み,証明の中で使われた命題を個別に抜き出しておいた方が得だと思います.もしかしたら,その命題が他の場面でも役に立つことがあるかもしれませんし,何より証明の構造がよく理解できるようになると思います.
 初学の段階では,証明の方針が立たないととりあえず背理法を試みがちな気がします.「定義に従って示す」ということに慣れていないとそのような状態に陥りやすいと思います.前回のブログでも書きましたが,自分で証明を考えるときは,「用語の定義は何か,仮定は何か,示したい結論は何か,仮定と結論を論理式や数式で表すとどうなるか」をはじめに確認してから行うのが良いです.この作業に慣れることで「定義に従って示す」ということが徐々にできるようになると思います.どうしても背理法を使わなければならないときは,ギリギリまで背理法を使うステップを保留し,最後の仕上げとして「ところで,〜〜と仮定する.このとき,今までの議論から〇〇ということが分かるが,これは××に矛盾する.よって〜〜ではない」のようにすると,背理法を使うまでの議論はリサイクルできるようになっていますし,証明の構造も良く分かるようになると思います.




 他にも気をつけた方が良いことはあります.例えば,とても基本的なことですが,「証明中の文章が日本語として読めるか」です.数学独特の構文に引っ張られてしまっているせいなのか分かりませんが,接続詞が不自然だったり,明らかに日本語としておかしい文章を書いたりしていることが多々ある気がします.証明を書き終わったら,一度読んでみて不自然な箇所がないか確認してみてください.
  以上のことに気をつけて証明問題に取り組んでみてください.読みやすい証明,すなわち,論理的に明快な証明を書くことは自身の数学力の向上に繋がるので,ぜひこれらのことを意識して頑張ってください.



それでは今回はこの辺で.See you next time !

富岡











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